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【生きる上での道しるべ】四国本部道場 海北 勝弘

私が、北辰一刀流に入門したきっかけは、数年前、職場の剣道好きが集まり剣道部を作ったことから始まります。年上だったこともあって、私が部長を務めることになりました。「交剣知愛」のスローガンを掲げ、楽しく活動を行っていましたところ、メンバーの日和田さんが、自宅に寶壽館道場を開きました。その道場を工事したのが椎名宗家でした。そのご縁で、「道場開き」のときに北辰一刀流に触れることになったのです。短い時間ではありましたが、その時に受けた衝撃は大きく、それまでの剣道感を一変させられました。“もう少し深く学びたい”という思いが高まったとき、「寶壽館に宗家が来られるので、一緒に北辰一刀流をやりませんか?」と日和田さんから誘いを受け、心の中では、私ごときが恐れおいことと思いながらも、宗家から直接指導を受けることが、これからの自分の剣道において、もの凄いチャンスであると思い、即、入門を決意した次第です。入門をして、宗家から、北辰一刀流の形「格」を学び、さらに現代剣道の「正しい竹刀稽古」、体全体を使った本当の素振り方法、また刀の作用を理解するための正しい真剣試し切りなど、たくさんの本当の技術を学びました。その中でも、何よりも得難いのは、宗家から、剣術の真の歴史や剣の微妙な理合い、また多くの剣士の生き方などのお話を聞き、【生きる上での道しるべ】となる価値あるドバイスを、多く学べることでした。私が今までで、一番深く心に刻まれたのは「志を持つ」というお話でした。自分のために何かをしたいというのは「夢」であり、誰かのために何かをしたいというのが「志」であるという話です。いろいろな事例を引いて、「志」を持つ人間と夢を持つ人間の、生き方の違いを教えていただき、私は、自分の生きる上での道しるべを得たと思いました。私は公務員であり、職場の剣道部の部訓の一つに「天鑑無私(てんかんむし)」とい言葉があります。これは「天に鑑みて私(わたくし)無し」という意味で、公僕としての心得でもあります。「志」と共通する何かを感じ、迷いがなくなりました。宗家からは「北辰一刀流は、気づきを大切にしている」と教えていただいています。これからも多くの気づきから学び、同門の方々と一緒に、素晴らしい人生を歩みたいと思っています。

【自分の世界が広がる】(総本部道場 藤田豊)

私が北辰一刀流に入門した経緯は、学生時代に稽古していた武道が一刀流の剣術に関係していた事からでした。御縁があり椎名宗家の北辰一刀流の道場が近所であったことから一度見学させて頂き、その場で「切り落とし」という技を体験させて頂きました。その際にどんなに渾身の力で切りかかっても、剣が軌道を逸らされ気づいたら喉元に切っ先を突き付けられ驚嘆したのを覚えています。無駄な力を使わず、理論的な技術で成し得る切り落としに感動し、入門を決意致しました。北辰一刀流を習い始めて最初に戸惑ったことは今までの武道と体の使い方がまるで違う事でした。私自身の体の癖かもしれませんが、今でも腕・手首・指の使い方や運足など特に気を使います。稽古中に集中が途切れた時や、新しいことを習うと手足と体がバラバラに動いている感覚がします。傍目から見ると約束通り動く形(北辰一刀流では“格”といいます。)に難しさを感じる人は少ないかもしれません。ただし、本当に技を理解して一つ一つ使いこなすには簡単ではなく、ある意味そこに面白さがあると断言できます。また、私が稽古していた古武道の動きが、格の技に見られる(修行が進み発見できる)のはとても面白いと思います。そして、技のみならず、心の在り方も重要であることに北辰一刀流の奥深さを日々痛感しております。相打ちの精神を持って仕掛ける切り落としを理解しようと、日舞・能・狂言・歌舞伎・時代劇の殺陣など、一見武道とは関係がないと思える文化面にもすごく興味を持つようになったのは、自分にとってとても良い影響だと思えますし、自分の世界が広がるよい切掛けだと思います。現在は私生活が激変し、仕事・子育て・介護と自分の時間が自由にならない状況ですが、そんな中でも、椎名宗家は親身に相談に乗って下さり、稽古時間を都合つけて下さるなどの御配慮を賜り、現在もお稽古を続けられております。武道に興味はあるが自由な時間が少ないと悩んでいる社会人の方は、是非一度ご相談頂けたらと思います。(私の友人と兄も北辰一刀流の魅力に共感し入門しております。)後世に北辰一刀流を伝えていこうとういう、宗家の御志に少しでも寄り添えるよう、相打ちの精神をもって、正しい理解のもと身に着けた技を、何時いかなる時も使えるようになる。そんな目標を持って日々修行に励んでおります。